
曾祖父である尾張徳川家19代当主・徳川義親は、大正10年(1921)11月、夫人の米子とともにヨーロッパへ旅立ちました。北白川宮成久王の留学に際し、船内で民間の礼法を教えてほしいと依頼されたことがきっかけとなった「旧婚旅行」でした(『最後の殿様』)。翌年1月にマルセイユに到着し、イギリスを拠点にヨーロッパ各地を巡り、11月に帰国しました。
この旅で義親がスイスから持ち帰った木彫り熊は、北海道・八雲の木彫り熊の出発点となりました。また、のちにヴァイオリン教育の「スズキ・メソード」を創始する鈴木鎮一も、この旅に同行しています。
義親のヨーロッパ旅行の詳しい行程は、長く明らかになっていませんでした。しかし、報知新聞に連載された旅行記「西に旅して」や、義親自筆のネガアルバムを手がかりに、旅の行程が明らかになりました。
平成19年(2007)に始まった「徳川家古写真プロジェクト」では、さらに義親が撮影した一枚一枚の写真を調査し、撮影年月日や場所を特定してきました。
ヨーロッパ旅行では、同行者に写真を撮影する者がいなかったため、義親自身の姿はほとんど写真に残されていません。けれども、だからこそ、そこには「撮影者としての義親」の視点が残されています。
義親は、100年前の世界をどのように見ていたのでしょうか。
令和8年(2026)は、義親の生誕140年、没後50年にあたります。本企画では、徳川美術館、八雲町郷土資料館の展覧会と連携し、義親が残した古写真を通して、その旅の軌跡をたどります。
ヨーロッパへの往路、現地での旅、そして帰路。曾祖父・義親が見つめた世界を、写真を通じてご覧いただければ幸いです。
尾張徳川家22代当主徳川 義崇
徳川義親は、大正10年(1921)から11年(1922)にかけてのヨーロッパ旅行で、スイスの木彫り熊をはじめ、ドイツのステンドグラスやタイルなど、数多くのお土産を持ち帰っている。これらの品々を見ながら、その旅の行程を知りたいと考えてきたが、詳しい記録は長く明らかになっていなかった。
大きな手がかりとなったのが、義親の旅行記「西に旅して」である。大正11年2月~6月にかけて報知新聞に36回にわたって掲載されたが、ヨーロッパ到着して間もないスペイン・バルセロナまでで連載が途切れ、また義親のほかの紀行文のように公刊されなかった資料である。この「西に旅して」を読み解くことで、旅の前半を中心に多くの新たな事実が明らかになった。
さらに平成19年(2007)に始まった古写真整理では、アルバムや紙焼き写真に続いてネガを調査した。そこには義親自身による撮影地や日付の書き込みが残されていた。「西に旅して」と写真、さらに各種の資料を照らし合わせることで、神戸からエジプト、マルセイユを経てヨーロッパ各地を巡り、11月に帰国するまでの旅程が次第に明らかになっていった。
今回の企画では、その長い旅のすべてではなく、往路の寄港地とスペイン・バルセロナ、イタリア・ポンペイとヴェネツィア、そしてスイス・ベルンに焦点を当て、義親が撮影した写真を紹介する。
これらの地域を選んだのは、義親の生誕140年没後50年を記念する二つの展覧会と深く関わっているためである。徳川美術館の企画展「旅する侯爵 徳川義親」では、義親がヨーロッパから持ち帰った木彫り熊やヴェネツィアのガラス細工などを展示する。また八雲町郷土資料館の企画展では、義親がエジプト・ポンペイから持ち帰った石片とあわせてポンペイ遺跡内での義親の撮影場所・方角を公開する。
写真に残された風景と、旅から持ち帰られた実物資料。それぞれを通して、100年前、義親が見つめた世界をたどっていただきたい。
徳川家古写真プロジェクト香山 里絵
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写真を公開する町夫妻が訪れた町航路
尾張徳川家に保管されていた1945年以前の写真アルバム・ネガ等の内容を解明するため、平成19年(2007)12月に尾張徳川家22代徳川義崇がスタートさせたプロジェクト。古写真をデジタル化した上で内容を解明させデータベース化を進めている。