帰国途上、北野丸船内でくつろぐ義親と米子夫人
Ship Voyage

船の旅

往路 箱根丸/復路 北野丸 全25点

帰国途上、北野丸船内でくつろぐ義親と米子夫人。北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月

渡欧行程

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写真を公開する町夫妻が訪れた町航路

寄港地の様子

1、シンガポール

日本ホテルの前の通りを行く牛車
日本ホテルの前の通りを行く牛車。
シンガポールにて 大正10年(1921)12月14日頃
大通りから望む日本ホテル
大通りから望む日本ホテル。
シンガポールにて 大正10年(1921)12月14日頃

2、ジョホール

ジョホール王宮内建物の前に立つ米子夫人をはじめとする一行
ジョホール王宮内建物の前に立つ米子夫人をはじめとする一行。
ジョホールにて 大正10年(1921)12月14日頃
ジョホール・イブラヒム国王(右から二人目)と米子夫人(左端)
ジョホール・イブラヒム国王(右から二人目)と米子夫人(左端)。
「自動車が玄関に停るか停まらぬに、国王は王妃(サルタナ)と共に出て来られて、息子が遠方から帰って来た様に喜んで下さりました。」(「西に旅して」6)
ジョホールにて 大正10年(1921)12月14日頃

3、マラッカ・ペナン

セント・ポール教会の中に立つ北白川宮成久王(中央)
セント・ポール教会の中に立つ北白川宮成久王(中央)。
「マラッカは歴史的に古いので、葡萄牙(ポルトガル)や和蘭(オランダ)の遺蹟があります。…悉く廃墟で過去の栄華を誇るにすぎません」(「西に旅して」10)
マラッカにて 大正10年(1921)12月16日頃
ペナンの風景
ペナンの風景。
ペナンにて 大正10年(1921)12月16日頃
蛇寺の祭壇の祭具の上に蛇がいるのを、義親は撮影している
蛇寺の祭壇の祭具の上に蛇がいるのを、義親は撮影している。
ペナンにて 大正10年(1921)12月16日頃
当時
当時「新名所」とされていた極楽寺(ケック・ロック・シー)入口。
「赤、黄、青に塗り上げ金銀の粉飾を施し、屋上にも柱にも龍や魚(うお)や不思議な形をした装飾がしてあります。」(「西に旅して」11)
ペナンにて 大正10年(1921)12月16日頃

4、キャンディー

ガンガラーマ・ラジャ・マハー・ヴィハーラ寺院(Gangarama Raja maha Vihara)の境内に立つ米子夫人(中央5人のうち、右端)
ガンガラーマ・ラジャ・マハー・ヴィハーラ寺院(Gangarama Raja maha Vihara)の境内に立つ米子夫人(中央5人のうち、右端)。
キャンディーにて 大正10年(1921)12月21日頃
仏歯寺の入口
仏歯寺の入口。
「翌朝(よくちょう)は花の香(か)に薫る冷しい透明な空気を快く吸ひながら、朝早くからホテルを出て、案内者に連れられてぞろぞろと見物に出かけました。ホテルから路を隔てゝ満々と水を湛へた湖水があります。…仏牙(ぶつが)を納めた寺は此湖畔にあります。」(「西に旅して」13)
キャンディーにて 大正10年(1921)12月21日頃
仏歯寺の本堂
仏歯寺の本堂。
キャンディーにて 大正10年(1921)12月21日頃
ペラデニヤ植物園のオウギヤシ(Palmyra Palm Avenue)
ペラデニヤ植物園のオウギヤシ(Palmyra Palm Avenue)。
「カンディから四哩でペラデニアといふ植物園があります。自然を利用した美しい植物園です。」(「西に旅して」14)
キャンディーにて 大正10年(1921)12月21日頃

5、ギザ・カイロ

クフ王のピラミッドとスフィンクスの前で、ラクダに乗って記念撮影する一行
クフ王のピラミッドとスフィンクスの前で、ラクダに乗って記念撮影する一行。後列左端が北白川宮成久王。手前の座ったラクダに義親と米子の姿がある。
エジプト・ギザにて 大正11年(1922)1月4日
カイロ・エジプト考古学博物館の中央ホール
カイロ・エジプト考古学博物館の中央ホール。「六千年の歴史を有するイヂプトの今日まで発見された殆んど全部が集めて」あると義親は驚嘆している(「西に旅して」19)
エジプト・カイロにて (大正11年(1922)1月4日ヵ)

6、マルセイユ

海上から望むイフ城
海上から望むイフ城。デュマの『モンテ・クリスト伯』の舞台としても知られる。
フランス・マルセイユ、イフ島近海にて 大正11年(1922)1月10日
船内の様子

7、往路 箱根丸

大正11年正月元旦、紅海航海中の箱根丸甲板での集合写真
大正11年正月元旦、紅海航海中の箱根丸甲板での集合写真。北白川宮成久王や米子夫人の姿はあるが義親の姿はない。ネガも伝わることから、義親自身が撮影した写真と推定される。
箱根丸にて(紅海) 大正11年(1922)1月1日
梯子を使って下りていく船員の姿にも、義親はカメラを向けた
梯子を使って下りていく船員の姿にも、義親はカメラを向けた。
香港にて 大正10年(1921)12月9日
箱根丸のプロムナードデッキでゲームに興じる乗客たち
箱根丸のプロムナードデッキでゲームに興じる乗客たち。通路の一番奥に立っているのが北白川宮成久王。
箱根丸にて 年月日不明
箱根丸船上で祝うクリスマス
箱根丸船上で祝うクリスマス。
箱根丸にて(インド洋) 大正10年(1921)12月25日

8、復路 北野丸

大正11年10月8日義親と米子はマルセイユから帰国の船に乗った
大正11年10月8日義親と米子はマルセイユから帰国の船に乗った。船員も交えての集合写真最前列中央に義親、前から2列目左から2人目に米子夫人の姿がある。
北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月
義親の視線は、北野丸の船員たちにも向けられている
義親の視線は、北野丸の船員たちにも向けられている。
北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月
北野丸の船内で、義親は来日するアインシュタイン夫妻と親しくなった
北野丸の船内で、義親は来日するアインシュタイン夫妻と親しくなった。右から義親、エルサ夫人、左から2人目が米子、最後列にいるのがアインシュタイン。
北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月
北野丸でのアルベルト・アインシュタインとエルサ夫人
北野丸でのアルベルト・アインシュタインとエルサ夫人。
北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月
北野丸での義親とアインシュタイン
北野丸での義親とアインシュタイン。アインシュタインのノーベル物理学賞受賞決定の知らせは北野丸にもたらされた。
北野丸にて 大正11年(1922)10月~11月